数字にならない投資を削ると、数字が悪くなっていく
その投資の効果を、数字で示してほしい。広告なら費用対効果が出せます。クリック数、問い合わせ数、成約率。でも、ブランドづくりやデザイン、発信の積み重ねといったクリエイティブへの投資は、明確な数字で答えられないことが多い。だから「数字で示せないなら、出せない」という判断になる。
この判断は、一見とても合理的です。限られたお金を、根拠のあるものに使う。経営者として当然の規律に思えます。ただ、この規律には見落としがあります。「測定できること」と「効果があること」は、別物だという事実です。測りやすいものが効くとは限らず、効くものが測りやすいとは限らない。この二つを混同したまま投資判断を続けると、会社は少しずつ、測れるけれど効かないものにお金を注ぎ、測れないけれど効いていたものを枯らしていきます。
測りやすさは、価値の大きさと関係がない
経済学に「グッドハートの法則」という有名な指摘があります。指標が目標になった瞬間、その指標は本来の意味を失う、というものです。測定できる数字を追いかけ始めると、数字は良くなるのに、本当の目的から離れていく現象が起きます。
クリック単価は測れます。でも、その広告を見た人の心に残った印象は測れません。今月の問い合わせ数は測れます。でも、3年かけて育った「あの会社なら信頼できる」という評判は測れません。値引きによる売上増は測れます。でも、値引きで失われたブランドの格は測れません。
測れないものたちの共通点は、ゆっくり効いて、長く効くことです。信頼、想起、愛着。これらは会社の選ばれる理由の中核なのに、四半期の数字には表れない。だから、測定を投資の唯一の基準にすると、会社の中核を支えているものへの投資が、真っ先に削られていくのです。
測れないものが枯れると、測れる数字が悪くなる
皮肉なことに、測れないものへの投資をやめた影響は、時間差で、測れる数字に表れます。
発信をやめれば、すぐには何も起きません。でも1年後、新規の問い合わせが細り始めます。ブランドへの投資を止めれば、今期の利益は増えます。でも数年後、価格競争に巻き込まれ、利益率が下がっていきます。デザインを削れば、制作費は浮きます。でも、採用への応募の質が落ちていきます。
数字が悪くなったとき、原因はもう見えません。悪化の原因が「かつて削った見えない投資」にあると気づける経営者は、ほとんどいない。だから、また測れる施策で数字を戻そうとして、さらに見えない資産が痩せていく。この循環が、ゆっくりと会社を弱くしていきます。以前、利益の質について書きましたが、これは同じ話の投資版です。今期の数字の裏で、未来を前借りしていないか。それを見る目が、測定の代わりに必要になります。
測定の代わりに、仮説を持つ
では、測れないものへの投資は、勘でやるしかないのか。そうではありません。測定の代わりに持つべきは、仮説です。
この投資は、誰の、どんな行動や気持ちを変えるためのものか。それが実現したら、どんな兆しが見えるはずか。数字で証明はできなくても、狙いと兆しは言葉にできます。
“発信を続ければ、商談で「読みました」と言われる日が来るはずだ。”
“ブランドを整えれば、値引き要請が減っていくはずだ。”
仮説があれば、測れなくても検証はできます。そして兆しは、注意深く見ていれば必ず表れます。
投資判断の基準を、「測れるか」から「仮説を語れるか」へ。数字で示せないから出せない、ではなく、狙いを言葉にできないなら出せない、へ。この基準の置き換えが、測れないけれど効くものを守ります。会社を長く支えるのは、たいてい、決算書にも管理画面にも表れないものたちです。